2025.06.01
こんにちは。院長の名古です。
今年の年始、左手の人差し指が化膿するという事態に見舞われました。
おそらく原因は、その1週間ほど前、外来に来ていた猫にひっかかれた傷。傷自体はすぐ治ったものの、ずっと指先の違和感がとれませんでした。おかしいなあと思っていたら次第に腫れて痛みだし、いよいよ仕事に支障を来すようになったので、病院に駆け込んだのです。こんな仕事をしていて、しかも幼いころからヘビだのイグアナだのプレーリードッグだのさまざまな動物に咬まれてきていながら、傷が膿んだというのははじめての経験だったので、ちょっと驚きました。これが……老いか……。
膿が溜まってしまうと、薬を飲むだけではなかなかよくならず、多くの場合膿を出す処置が必要になります(動物も同じです)。この時も、腫れている部分の皮膚を切開し、膿を出すことになりました。
これが、地獄の体験でした。
皮膚を切開するときには当然痛みを伴いますから局所麻酔をかけるのですが、まず麻酔の注射自体がめちゃくちゃ痛い。なにしろ敏感な指先ですからね。お医者様は「ちくっとしますからね〜」なんて軽くおっしゃいますが、「ちくっ」なんてなまやさしいもんじゃあありません。スズメバチに刺されたような激しい痛みが指先を襲います。膿を出すための穴を開ける程度の切開ならば、もはや麻酔をかけなくても同じだったんじゃないかと思うくらい。処置の間、思わず声をあげそうになるのを、歯を食いしばって耐えていました(動物の場合は、つらくならないように全身麻酔をかけることもあります)。
そんな地獄を超えて、ずきずき痛む指をさすりながら職場に戻った私は、その日出勤だった看護師さんに一連の出来事を話しました。とはいえ、ただ泣き言を言ってもしかたない。こういうのは、笑い話として昇華するのが信条です。だから看護師さんには、こんなふうに話しました。
「痛くないように麻酔するんだけど、そもそもその麻酔が超痛かった。拷問だよあれは。俺は長男だから我慢できたけど、次男だったら我慢できなかった。仲間の居場所吐いてたね」
ところが。これを聞いた看護師さんは、笑うどころかぽかんとしていました。そう、なんとこの看護師さんは、『鬼滅の刃』を知らなかったのです。だから当然、炭治郎の長男のくだりも知らない。
まさか『鬼滅の刃』を履修していない日本人がいるとは思ってもみなかった私は、ドヤ顔でこのジョークを放った結果見事にスベり倒し、心にまで傷を負うことになりました。
自分にとって当たり前のことでも、相手にとっては当たり前じゃないことがある。そんな対人コミュニケーションの基本を、アラフォーにもなって噛み締めた次第です。
ところで、この「当たり前だと思っていることが、実は当たり前ではないかもしれない」という疑いを持っておくことは、動物を飼育するうえでもとても重要な心構えです。というのは、人間は動物のなかでもけっこう特殊な存在で、ほかの動物に適用できない、ぶっとんだ「当たり前」をいくつも持っているからです。
代表的なものとしては、「42.195kmぶっとおしで走れちゃう」とか「毒草であるタマネギを生で丸かじりできちゃう」なんてものがありますが、今回注目したいのは、「暑くても汗をかいて体温を下げられちゃう」という点です。広いサバンナエリアを通り抜けたあとでも、かばんちゃんがぜんぜんはあはあしてないことにサーバルが驚いていたことからもわかるように、これ、わりと驚くべき能力なんです。
体温調節のために全身から汗をかくことができる動物というのは、人間以外では、馬などごく限られたものしかいません。一般的に動物病院に連れて来られる動物で、この能力を備えている種は皆無です。発汗ほど高効率に放熱できる手段を少なくとも脊椎動物はほかに持ち合わせていませんから、実質的に、上がってしまった体温を能動的に下げられるのは人間や馬くらいしかいないということになります。
犬や猫はかわりにパンティングして体温を下げると解説している文章をみかけることがありますが、パンティングによる放熱効果など、発汗に比べたら誤差のようなものです。呼吸筋を激しく動かす分発熱もしてしまっているので、むしろ体温が上がってしまうことさえあります。ほかに方法がないからそうしているだけであって、効果的な放熱を期待できるものではありません。
「風が当たると涼しい」という感覚も、ほとんど人間しか持ち合わせていないものです。発汗すると体温が下がるのは、汗が蒸発するときに身体から気加熱を奪っていくからであり、風が当たると涼しいのは汗の蒸発が促進されるからです。汗をかけない動物たちは、風にあたったところでちっとも涼しくなりません(風自体が冷たければ別)。
このあたりの違い、人間がやべぇ能力者であるという事実を認識せずに我々の「当たり前」を動物たちに適応してしまうと、これからの季節、熱中症で彼らの命の危険に晒すことになってしまいます。
夏場の温度管理は、「動物は人間のように体温を下げることができない」という前提のもとで行わなくてはいけません。
では、これからの季節、飼育動物の温度管理はどうしたらいいのでしょうか。
これは、簡単な話でありますな。エアコン以外ありえない。動物たちが能動的に体温を下げられないのだとしたら、風を送っても涼しくならないのだとしたら、エアコンで空間の温度自体を下げてあげるしかありません。そもそも、体温調節において異能ともいえる能力を持つ人間ですら、近年の夏の気温には耐えられないわけです。いわんや動物においておや。「あたためる」ことを重視されがちな小鳥や爬虫類でさえ、夏の室温には耐えられません。現代日本において、エアコンは動物飼育の必需品と言えます。
注意しなければならないのは、汗をかけない動物たちは、人間よりもはやく暑さの限界を迎えてしまうということです。人間が「エアコンないとやってらんないな」と感じるようになる前に、稼働させてあげなければいけません。近年であれば、5月はもう、エアコンを稼働させるタイミングだと思います。
そしてもちろん、エアコンは夜間も、人がいない時間もつけておくこと。最近のエアコンは性能が良いので、24時間つけっぱなしにしていてもたいした電気代はかかりません。動物が熱中症になってしまったら、助かったとしても1ヶ月の電気代が1日の入院費で消し飛ぶくらいのお金がかかりますから、思い切って使ってあげてください。
もうひとつ、これは夏場に限ったことではないですが、お部屋の温度、ケージで飼育している動物ならケージ内の温度は、きちんと温度計で測ってあげるようにしましょう。とくにフェレットやチンチラのような高温に弱い動物の場合、人間の感覚をもとにエアコンの設定を決めていると、彼らにとってはまだ暑いということになりかねません(たとえばフェレットは、27℃を超えると体調を崩してしまいます)。動物の生活圏の温度を測り、そこが適切な温度になるように、エアコンを調節してあげてください。
この際、SwitchBotなどのIoTデバイスを活用すると、より細やかな温度調節が可能です。我が家では猫と爬虫類を飼っているので、SwitchBotを用い、室温が27℃を超えるとエアコンが冷房運転を開始し、26℃を切ると停止するように設定しています(ちなみに23℃を切ると暖房運転を開始し、25℃を超えると停止するようにもなっています。こうしておくと、メンテナンス以外でエアコンを触ることがほぼなくなります)。SwitchBot製品はクラウドに温度湿度のデータを記録でき、外出先からもスマホでお部屋の状況を確認、遠隔で操作ができるので、不測の事態にも対応しやすくなります。
現代はさまざまな文明の利器が開発されていますから、積極的にこれらを活用してあげましょう。
気候変動が進んだ現在の日本において、夏は冬よりも過酷な季節になりつつあります。この時期をどう乗り切るかが、動物飼育における大きな課題と言えるでしょう。
大事なことは、繰り返しになりますが、人間の「当たり前」にとらわれないこと。動物ごとの特性を理解し、彼らにとって快適な環境を整えてあげるようにしてください。
相手の立場に立って考えるって、どんなときでも大事ですよね。
え? そんなことを言いながらお前は、性懲りもなく読者を選ぶネタを連発してるじゃないかって? いやいやそんな。『BLEACH』も『けものフレンズ』も役割論理も『テニスの王子様』も『新世紀エヴァンゲリオン』も、私は義務教育で習ったと記憶しています。みなさんだってきっと同じだったはず。そうですよね?
ねぇ?