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リクガメに明るさ、足りていますか?

2025.10.20

院長ブログ

はじめに

ご無沙汰しております、院長の名古です。

すでに十分好き勝手に書いている気がする院長ブログですが、先日、「もっとらしさを出していきましょう」と本部の人に言われました。なので、今回は内容までも、自分の趣味に全振りした話をしていきたいと思います。

リクガメの話です。

ウチは、陰だ

と言いながら、まずは唐突に自販機の話をさせてください。ちゃんとリクガメの話に繋がるのでご安心を。

うちの病院の前には自販機が2台並んでいます。診察待ちのあいだにご利用いただけるように置いてあるものですが、便利なので私も利用することがあります。

片方はキャッシュレス決済が可能なので、現金を持たない派である私(ズボラなので電子決済で記録を残しておかないとお金の管理ができない)はもっぱらそちらを使うのですが、ここで難点がひとつ。駅ナカの自販機のようにスマホをタッチしただけでモバイルPASMOから引き落としてくれないので、その都度お財布アプリを立ち上げないといけないのです。

お財布アプリを起動するには生体認証が必要。私はiPhoneユーザーなので顔認証です。スマホと見つめ合うだけでロックが解除されるお手軽機能ですが、うちの自販機とは相性が悪い。自販機は南東に向いて置かれているので、購入者は太陽を背負って立つことになります。すると逆光で顔が陰になり、顔認証がうまくできなくなるのです。何度やっても認証されず、やむなくパスコードをぽちぽち打ち込んで購入することがしばしばあります。

顔認証は逆光に弱い。そのことに、私はうちの自販機の前で気がつきました。

ただ、室内で照明を背に顔認証を行っても、うまくいかないことはありません。逆光で使えなくなるのはあくまで屋外での話です。なぜ屋外でだけ使えなくなるのか。

答えは簡単。屋内の照明に比べて、太陽が明るすぎるからです。いえ、正確には、太陽に比べて屋内の照明が暗すぎるからというべきでしょう。屋内の照明は弱いので、逆光でも顔が見えなくなるほどの陰にはならないんですね。

太陽の日差し、本物の日向に比べたら、室内の照明なんて日陰に等しいんだなあとということも、私はうちの自販機の前で実感しました。

お前の光じゃ淡すぎる

では、実際に室内の照明が太陽光に比べてどれくらい暗いのか、数字で比較してみることにしましょう。

日本産業規格(JIS)では、屋内施設の推奨照度が定められています。これによると、一般的な建物空間では、750lx程度の照度があればよいとされています。明るさが求められる手術室でも1,000lx程度。多くの照明は、この基準に基づいて作られています。

一方で、屋外の照度はといえば、晴れの日の午前10時で65,000lx、真昼には100,000lxにもなります。曇っていても午前10時で25,000lx、真昼は32,000lx。

屋内と屋外の照度の差は、最大で100倍以上にもなるわけです。圧倒的な差ですよね。日陰どころじゃなかった。ライオンの前にチワワがいるようにしか見えません。そりゃあ、カメラも正しく機能しなくなるというものです。

でね、この明るさの差、家の中は暗いという事実が、リクガメ飼育においては重要になってくるのです(ほら、繋がった)。

リクガメ飼育においてもっとも重視すべき設備は照明です。カルシウム代謝のためのUVBばかりが注目されがちですがそれ以前に、「飼育環境がきちんと明るい」ということが、カメの健康維持には必要不可欠だからです。

光は、睡眠を始めとした生理リズムを整えるトリガーになり、食欲を刺激し、精神面にも影響を与える重要な環境因子です。不適切な量・質の光のもとでの飼育は、不適切な温度での飼育と同じように、カメの元気を奪っていきます。視覚で食べ物を認識する彼らは、明るく自然な光のもとでないと、食べ物の色を正しく認識できません。そのせいで「これは食べ物だ」と判断できず、ご飯を食べないなんてことも起こります。

なにより、リクガメは(少なくとも、草原に住むリクガメは)、明るい光が大好きです。高輝度な照明を使うと、朝、照明がついたとたんにカメたちはバスキングに出てきます。そこが暖かいからではありません(点いたばかりなので暖まってない)。明るいからです。環境エンリッチメントの観点からも、明るい照明を使ってあげることが大切です。

その点で、室内の照明はぜんぜん力が足りてないんですよね。人間の目には明るく見えても、家電屋さんで明るさを売りに売られていても、太陽光の下で生きてきたカメにとっては、その光は淡すぎるのです。

身に纏ってる空気は太陽と遜色ありません

じゃあ、どんな照明を使えばよいのでしょうか。

その答えは、現状ではほとんど一択となっています。メタルハライドランプです。

メタルハライドランプは、もともと、体育館のような天井の高い場所や、夜間工事の現場などで使われる照明です。とても明るく、演色性(太陽光の下での色の見え方にどれだけ近いかの指標)の高い光を放つ特徴があります。スペクトルも太陽光に近く、赤外線、紫外線領域までカバーするので、「もっとも太陽に近い照明」と呼ばれています。

爬虫類用に製造販売されている照明の中で、これを上回る性能のものはありません。ガチ勢の方々はみなさんこれを使っていますし、うちでも使っています。ほかの照明で、明るいといわれるものでもせいぜい10,000lxというところ、メタルハライドランプは、もっとも消費電力の小さなランプでも35,000lxくらい出せます(私調べ)。直視するのが辛いくらいです(紫外線が出ているので、そもそも直視してはいけませんが)。

これ、使ってみたら、たぶんその日から効果を実感するのではないかと思います。比較実験を行った論文があるわけではないので獣医師として軽々に口にすべきではないのかもしれませんが、明るさが改善されることによる食欲、活動性の変化には、目を見張るものがあります。

メタルハライドランプのもとでバスキングするヨツユビリクガメ

温度・湿度は適切なはずなのにどうもカメの食欲が出ないとお悩みの方は、使ってみることをお勧めします。

ただ、だかそれでも秀才止まりだ、という点は、理解しておいていただく必要があります。人類が発明したどんな照明も、太陽には敵いません。屋外飼育ができるなら、させてあげた方がいい。あくまで室内でしか飼えない場合に、最大限良い環境を用意してあげるにはどうするか、という話です。

俺だけで戦うんじゃない、仲間で戦うんだ

また、メタルハライドランプがあればそれでいいかというとそうでもありません。爬虫類用のメタルハライドランプはスポットライト型なので、ケージ全体を照らすには照射範囲が足りません(爬虫類用以外のメタルハライドランプは、水俣条約の発効以降、すでにほとんどが製造終了となっています)。メタルハライドランプの届かない部分を照らすために、複数の照明が必要です。

自然な明るさをもたらすという観点からは、高演色性のLED、色温度で5500〜6500Kくらいのものが良いでしょう。90㎝×45㎝くらいの広さのケージでは、最低100W相当のものが適切です。植物育成用の照明の中に良い製品が多くあります。これらを活用して、明るい環境を作ってあげてください。

おわりに

リクガメを含む昼行性爬虫類の飼育において、「明るさ」は、比較的軽視されがちなのではないかと思っています。もちろん、長年飼われている方々はその重要性をご理解されていますが、一般的な飼育指南書やインターネットの記事には、その大切さが書かれていないことがほとんどです。爬虫類特有の注意点であるために、紫外線のことばかり強調され過ぎていますが、紫外線不足の影響が出てくるのは数ヶ月単位のこと。実は対策の優先度はそれほど高くありません(長期的に無視してはいけません)。照度不足は、明日ごはんを食べてくれるかどうかに影響するので、照明まわりではもっとも重視すべき問題となります。

すでにリクガメを飼っている方々も、これからリクガメを飼いたいという方々も、ちゃんと明るい環境を作れているかということを、意識していただけると良いと思います。

きっと、新しい扉が開けるはずです。